大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和57年(行コ)7号 判決 1984年9月05日

控訴人(被告) 福岡税務署長

訴訟代理人 辻井治 中村喜一郎 公文勝武 外二名

被控訴人(原告) 加藤幸男

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の第二次的請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。控訴人が被控訴人に対し昭和五二年七月九日付でした昭和五一年分所得税についての過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める部分を却下する。被控訴人のその余の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に補足するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(但し原判決一一枚目裏一二行目「修正申告をする必要」を「修正申告の必要」と改める。)

一  控訴人の補足主張

1  控訴人が昭和五二年七月九日付でした過少申告加算税の賦課決定処分(以下、「本件(一)の処分」ともいう。)は、国税通則法六五条一項の規定にしたがい、被控訴人が昭和五二年六月二八日控訴人に対しなした昭和五一年分所得税についての修正申告に基づきなされた処分であつて、右修正申告に対する更正請求にかかる昭和五二年九月一三日付の更正すべき理由がない旨の通知処分(以下、「本件(二)の処分」ともいう。)に法的に連動して行われた処分ではない。

しかして、本件(一)の処分は、その税額算定の基礎となる本税の額が前記修正申告によつて定まつているのであるから、その処分の手続自体に瑕疵がある場合ないし処分権者において更正の請求を理由ありと認めて減額更正をなし、その結果本税の額に変動があつたに拘らず、その取消の処分をしないといつた場合を除き、取消を求めることはできないのである。

また、「本件(二)の処分」は更正の請求を拒否するものに過ぎず、積極的に法律関係を形成するものでないから、この処分が仮に取消されたとしても、更正の請求のある状態に復するに止まるのであつて、右取消を理由に本件(一)の処分が取消すべきものになるものではない。

2  被控訴人の主宰する朝日企業グループ結成の端緒は、昭和四二年七月頃開かれたものであるが、実際に同グループの確立がなされたのは昭和四八年に至つてからである。すなわち、昭和四七年の時点においては、株式会社サンライズ貿易(以下、「サンライズ」という。)とゼネラル貿易株式会社(以下、「ゼネラル」という。)の二社のみが被控訴人を共通の大株主としていた状態にあつたに過ぎず、企業グループというには程遠いものであつた。しかして、被控訴人は、昭和四七年一二月頃、オリエント貿易株式会社(以下、「オリエント」という。当時の商号は「株式会社豊栄」であつた。)をいわゆる会社の買収を行つてその大株主となり、これを傘下に加え、以後次第に同グループに加わる企業が殖え、昭和四九年七月、傘下の企業グループの企画、指導、情報資料整備を目的とする株式会社朝日を設立するに至り、かくして昭和五〇年に国内八社、海外二社からなる「朝日企業グループ」の確立をみるに至つたのである。したがつて、被控訴人が本件旅費支給を受けた昭和四六年、昭和四七年当時においては、未だ右の「朝日企業グループ」は結成されておらず、被控訴人の本件各旅行の目的はあくまでも被控訴人個人の用務処理のためのものに外ならなかつた。

二  右補足主張に対する被控訴人の反論

1  「ゼネラル」は、福岡市に本店を有し旧商号朝日物産株式会社(以下、「九州朝日」ともいう。)として昭和三八年七月二四日設立登記されて、商品取引を行つていたものであるが、全国ネツトの業務組織とするため、昭和四二年七月一八日、東京に本店を有する朝日物産株式会社(「サンライズ」の前身である。以下、「東京朝日」ともいう。)を設立し、東京繊維取引所に所属させた。「東京朝日」は事業拡大をもくろみ、豊橋市に本店を持つ花田産業株式会社を合併して、商号を「サンライズ」に変更した。

かかる次第で、「サンライズ」(東京朝日)と「ゼネラル」(九州朝日)とは役員構成において両社兼務の役員が多く、絶えず人事交流がなされていた。被控訴人は、この企業グループ内における物的組織・人的組織、経営の把握、情報交換等の目的をもつて本件出張旅行を行つたのである。

また、経営不振に陥つた株式会社豊栄から援助を求められ、「サンライズ」の社内においてこれに応ずるか否かが検討され、その調査のために被控訴人の派遣が決定されたのであるから、被控訴人は右用務のために福岡に多数回に亘り出張することになつたのである。そして、「サンライズ」から多数の従業員が株式会社豊栄に送り込まれ、同社の役員に就任して経営に当る者も出たのである。

2  「サンライズ」は、被控訴人に支給した本件旅費を被控訴人に対する貸付金勘定に振替えて、その計上を継続していたところ、控訴人はこれを「貸付金債権放棄ないし免除」と認定したものである。しかし、右「貸付金債権放棄ないし免除」を認定するためには、法人税法一三二条の「同族会社等の行為または計算否認」の規定による否認をなしたうえ、同法三四条二項、三五条四項によつて課税処分をなすべきものである。

三  新たな立証等<省略>

理由

一  本件不服申立の限度において判断を加える。

二  控訴人は、本案前の主張として、被控訴人の第二次的請求のうち、本件(一)の処分(過少申告加算税の賦課決定処分)の取消を求める部分が国税通則法一一五条一項に定める不服申立前置の要件を欠き不適法である旨主張する。

しかし、当裁判所は、被控訴人の第二次的請求のうち本件(一)の処分の取消を求める部分が右の不服申立前置の要件を欠くものでなく適法な訴であると認めるものであり、その理由は原判決理由中の右の点に関する説示部分(原判決二五枚目表五行目から二七枚目表一行目まで)と同一であるから、これを引用する。

三  次いで、本案たる被控訴人の第二次的請求の当否について検討すべきこととなるが、先ず本件(二)の処分(更正すべき理由のない旨の通知処分)の取消事由の有無につき判断する。

四  成立に争いのない甲第二ないし第九号証、第一四号証、第一六号証の一ないし三、第二一号証、第四五ないし第四八号証、乙第七号証の一、二、弁論の全趣旨により成立を認める乙第四号証、原審証人下山弥壽男、同矢島醇一の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人の尋問の結果(ただし、証人下山弥壽男、同矢島醇一の各証言及び被控訴人本人の供述中後記採用しない部分を除く。)によれば、次のとおり認められる。

1  被控訴人は、昭和三九年頃、福岡市内に本店を有し、関門商品取引所の会員となつていた朝日物産株式会社(九州朝日)の経営に関与していたが、東京の取引所に進出して事業規模を全国的に拡張して行くことを計画していたところ、たまたま、東京繊維商品取引所に取引員の欠員があり、これに加盟できることとなり、昭和四二年七月、東京都内に本店を有する朝日物産株式会社(東京朝日)を設立し、その代表取締役に就任し、同年一一月、同社は東京繊維商品取引所仲買人となつた。(被控訴人が同社の代表取締役であつたことは当事者間に争いがない。)

2  被控訴人は、昭和四四年八月、豊橋乾繭取引所取引員で、愛知県豊橋市内に本店を有する花田産業株式会社の株式を譲受け(いわゆる会社の売買)、昭和四六年八月、同社が東京朝日を吸収合併して、社名を株式会社サンライズと変更し、更に、昭和四七年四月、社名を株式会社サンライズ貿易に変更し、その後、本店所在地を東京都に移した。(東京朝日が花田産業株式会社に吸収合併されたことは、当事者間に争いがない。)

3  東京朝日が花田産業株式会社との合併により解散消滅した結果、被控訴人はその代表取締役の地位を失つたが、その後「サンライズ」の代表取締役、取締役の地位には就かなかつた。(被控訴人が東京朝日の解散後、「サンライズ」の代表取締役、取締役の地位に就かなかつたことは、当事者間に争いがない。)

右合併後、花田産業株式会社の代表取締役であつた高橋謹吾が「サンライズ」の会長に就任し、東京朝日の取締役の一人であつた杉本元三が「サンライズ」の代表取締役社長に就任した。かくして、合併後は、被控訴人は同社に常時勤務することがなくなり、被控訴人専用の部屋も席も設けられなかつたが、同社の筆頭株主として過半数の株式を支配し、会長の上に君臨していて、いわゆる会社のオーナーの立場で経営に参画するものとして、毎月金三〇万円の報酬の支給を受けていた。

以上の事実が認められ、原審証人下山弥壽男、同矢島醇一の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人の供述中被控訴人が東京朝日と花田産業株式会社との合併後も常勤的に出社して会社経営に参画していた旨述べる部分はにわかに採用し難く(乙第四号証の矢島醇一の供述記載中この点に関する部分が殊更事実に反する陳述をなしたものとは認め難い。)、他にこれを左右するに足る証拠はない。

五  しかるところ、以下の各事実は、当事者間に争いがない。

1  被控訴人は、昭和五二年三月一五日、控訴人に対し、被控訴人の昭和五一年分所得税について、原判決別表(一)(以下、単に「別表(一)」という。)の「<イ>確定申告」欄記載のとおり、総所得金額を一億〇五二五万二六二八円、納付すべき税額を三二五六万一二〇〇円とする確定申告をした。

2  被控訴人は、昭和五二年六月二日、右所得税について、控訴人に対し総所得金額を一億〇四六三万八四一〇円、納付すべき税額を三二一一万五七〇〇円とする旨の更正の請求をしたが、この更正の請求はおおむね認められ、控訴人は、同月一五日、別表(一)の「<ロ>更正処分」欄記載のとおり、総所得金額を一億〇四六三万八四一〇円、納付すべき税額を三二一四万六四〇〇円とする更正処分をした。

3  ところが、控訴人は、同月一三日、東京国税局管内豊島税務署から回付されてきた通報により、「サンライズ」が被控訴人に支出した本件旅費(原判決別表(二)(以下、単に「別表(二)」という。)の(1)及び(2)記載の金員合計五二六万三七五九円のうちの五二四万八七五九円)が被控訴人に対する賞与にあたると判断したので、同月二〇日、控訴人の職員が、被控訴人から確定申告書提出の委託を受けていた松岡正一公認会計士事務所に対し、右金員につき所得の申告をするよう勧奨したところ、同年六月二八日、同事務所の事務員である高木昌代によつて、被控訴人の昭和五一年分の所得税について、別表(一)の「<ハ>修正申告」欄記載のとおり、総所得金額を一億〇九三六万二二九三円、納付すべき税額を金三三三八万円とする被控訴人名義の修正申告書が控訴人に提出された。

4  控訴人は、同年七月九日、被控訴人に対し、右修正申告書の内容に対応する増差税額一二三万三六〇〇円について、過少申告加算税六万一六〇〇円の賦課決定処分(「本件(一)の処分」)を行い、同処分は、同月一〇日、被控訴人に送達された。

5  被控訴人は、同年八月一〇日、右修正申告書提出の事実を知り、総所得金額を一億〇四六三万八四一〇円、納付すべき税額を三二一四万六四〇〇円とすべき旨の更正の請求(別表(一)の「<ロ>更正処分」の金額と同じ)をしたが、控訴人は、同年九月一三日、右更正の請求に対し、更正をすべき理由がない旨の処分(「本件(二)の処分」)をした。

6  なお、控訴人の職員が松岡正一公認会計士事務所に対し前記の所得申告の勧奨をなすに至つた経緯は次のとおりである。

(一)  名古屋国税局は、「サンライズ」の昭和四六年四月から同四七年三月までの事業年度の法人税調査において、同社が被控訴人に支出した本件旅費のうちの別表(二)の(1)記載の金員二七七万四二五九円について、被控訴人が同社の株主であるものの、同社の取締役でも従業員でもなく、業務の委任を受けたものではなかつたこと、福岡には同社の支店出張所がなく、被控訴人の出資する同業の「ゼネラル」及び「オリエント」等があるだけであり、被控訴人の旅行はこれらの会社のためであつたことなどを理由として、右旅費を「サンライズ」の業務に関係のあるものと認めず、その損金性を否認し、被控訴人に対する貸付金と認定した。

(二)  また、東京国税局は、昭和四七年四月から同四八年三月までの「サンライズ」事業年度の法人税調査において、同社が被控訴人に支出した本件旅費のうちの別表(二)の(2)記載の金員二四七万四五〇〇円についても、右と同様の理由で、その損金性を否認し、被控訴人に対する貸付金と認定した。

(三)  豊島税務署は、昭和五一年八月ころ、「サンライズ」の源泉所得税調査を行つたが、同社の被控訴人に対する前記旅費否認に伴う貸付金(別表(二)の(1)及び(2)記載の金員合計五二四万八七五九円)について、長期間経つても被控訴人からの返済が全くない、同社が長期間経つのに決算書に表示せず、帳簿外としている、被控訴人より利息を徴することもしていない、被控訴人に対し返済を請求しうるにもかかわらず、四年余りの間一度も請求をせず、また、請求する意思もなく回収を断念している状態であることなどから、もはやその貸付金債権を放棄したものであり、結局、同社が被控訴人に債務免除の利益を与えたことになると判断し、被控訴人に賞与が支給されたのと同様であつて源泉所得税を課すべき場合にあたると認定した。

また、右の賞与の支給時期については、右調査時にすでに債権放棄の状態にあつたので、その時期に最も近く結了していた昭和五〇年四月から同五一年三月までの事業年度期間中に支給されたものと認定すべきところ、支給日を確定できないため、所得税基本通達の「支払確定日が不明の場合には事業年度末とする。」との取扱いにより、年度末の昭和五一年三月に支給されたものと認定した。

(四)  その後、豊島税務署は、「サンライズ」に対し、右賞与の支給について被控訴人から源泉所得税二三〇万九四五三円を徴収すべき旨の納税告知を行い、右源泉所得税の徴収、納付が完了している。

以上の事実は当事者間に争いがない。

六  右争いのない事実と前顕乙第四号証、成立に争いのない乙第二号証、第五号証の一ないし三、第九、第一〇号証、第一一、第一二号証の各一、二、原審証人下山弥壽男、同矢島醇一の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人の尋問の結果(ただし、証人下山弥壽男、同矢島醇一の各証言及び被控訴人本人の供述中後記採用しない部分を除く。)によれば、次のとおり認められる。

1  東京朝日と花田産業株式会社との合併後、被控訴人は、「サンライズ」に常時出社することはなくなつたものの、過半数の株式を支配するいわゆるオーナーとして君臨し、同社から毎月定額の報酬の支給を受けていたほか、出張旅費の支給も受けていた。

2  しかして、同社の従業員は、被控訴人の出張旅費の支弁については、被控訴人の申出のままに、日数計算をし、あるいは詳細な計算は行わずその申出額を概算払として、支給していた。

その結果、被控訴人の出張は、昭和四六年七月から昭和四七年一二月までの一八ケ月間に、合計五九回、日数にして二六〇日間程(月平均一四・五日間)の多きに上るうえ、更に、その間の昭和四七年一〇月には、出張期間、出張先不明の海外出張旅費四五万七五〇〇円の支給を受けている。

3  名古屋国税局によつて「サンライズ」の昭和四六年四月から昭和四七年三月までの年度の、東京国税局によつて同社の昭和四七年四月から昭和四八年三月までの年度の、各法人税調査が行われ、同社が被控訴人に支給した別表(二)の(1)の旅費二七七万四二五九円及び同表の(2)の旅費二四八万九五〇〇円のうち二四七万四五〇〇円について、いずれも同社の業務に関係がないとして否認されたところ、同社代表取締役下山弥壽男は、右否認にかかる出張旅費がいずれも同社の業務と関係のないことを認め、これを被控訴人に対する貸付金に振替え、後日回収する旨を申出、その旨記載した書面を国税局に提出した。

4  昭和五一年八月、豊島税務署長は、「サンライズ」の源泉所得税調査を行つたところ、右の旅費否認に伴う同社の被控訴人に対する貸付金合計五二四万八七五九円について、長期間経過しているに拘らず、被控訴人から返済が全くないこと、同社が決算書に貸付金として表示せず、帳簿外としていて、利息も徴収していないこと、同社が四年余りの間被控訴人に対し一度も返済の請求をなさず、また、請求する意思もなく、その回収を断念している状態であることなどの情況にあることに徴し、同社はもはやその貸付金債権を放棄したものであつて、被控訴人に対し債務免除の利益を与えたことになると判断し、被控訴人に賞与が支給されたのと同様であつて、源泉所得税を課すべき場合にあたると認定し、同年一〇月三〇日付をもつて、昭和五〇年四月から昭和五一年三月までの事業年度の年度末に右認定賞与の支給があつたものとして、源泉所得税二三〇万九四五三円を徴収すべき旨の納税告知を行つたが、同社からなんら異論の申出がなく、右源泉所得税の徴収、納付が完了している。

以上のとおり認められ、原審証人下山弥壽男、同矢島醇一の各証言並びに原審及び当審における供述中右認定に反する部分はにわかに採用し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。

七  しかるところ、被控訴人は、「ゼネラル」、「オリエント」の両社は、いずれも商品先物取引業を営むものであつて、「サンライズ」と同業者であり、かつ、「朝日企業グループ」を組織し、不断に緊密な業務連携を行い、情報の収集、交換、人事交流等を行つていたものであつて、「ゼネラル」「オリエント」両社との業務上の連絡、情報交換等のため、被控訴人が福岡方面へ出張することは「サンライズ」にも直接または間接に利益をもたらすものであつたのであるから、「サンライズ」が右出張旅費等を負担することは、その業務上当然のことであり、したがつて、これが被控訴人に対する貸付金ないし認定賞与とされるべきいわれはない旨主張する。

しかし、成立に争いのない第一〇号証の一ないし八、甲第三〇号証の一ないし六、第三一、第三二号証の各一ないし三、第三三号証の一、二、第三四ないし第四四号証の一ないし三、原審証人下山弥壽男の証言並びに原審及び当審における被控訴人本人の尋問の結果によれば、被控訴人は、東京朝日の代表取締役の地位にあつた昭和四五年一月当時から既に、東京朝日自体が国内の各取引所に加盟して総合仲買店として発展することを目指すのは勿論、将来は複数の取引所ないし有力取引所に加盟する同系仲買店を衛星的に数多く持ち、それぞれが独立採算制を確立し相互に協力しながら日本全土に朝日の名を滲透させて全国一の仲買チエーン商社として発展して行くこと、すなわち仲買商社による企業グループの結成を志向していたことが窺われるものの、現実に企業グループの組織化が実現したのは、昭和四八年二、三月頃、「サンライズ」、「ゼネラル」、「オリエント」三社による企業グループの結成が最初であることが認められ、これを覆すに足る証拠はない。

しかして、被控訴人は、原審及び当審における本人尋問中において、昭和四四年ないし四五年頃、経営不振に陥つていた「九州朝日」から援助の依頼を受けて、「サンライズ」から常務の原口厚生を「九州朝日」の副社長として派遣し、これとともに営業部員十余名をも派遣して、同社再建の指導をしていた関係上、派遣社員と「九州朝日」社員との人事調整等の用務のため、昭和四六年七月から昭和四七年前半にかけて多数回に亘り福岡へ出張する用務があつたものであり、続いて、昭和四七年八月頃、「オリエント」(当時の商号は「豊栄物産株式会社」であつた。)の社長等から同社が経営難に陥つているため援助して欲しいとの依頼を受けて、その後は同社の内容調査のため、多数回に亘り福岡方面に出張する用務が生じたものである、そして、いずれの用務も「サンライズ」役員会に諮り、その決定のもとになされたものである旨供述するところ、原審証人下山弥壽男、同矢島醇一もこれに符合する供述をしている。そして、右被控訴人本人の供述と成立に争いのない甲第五一号証、第五四号証によれば、昭和四六年六月、「サンライズ」から派遣された原口厚生、飯田克己の両名が「ゼネラル」の取締役に就任したこと、昭和四八年一月、被控訴人が「オリエント」の株式の譲渡を受けてこれを買収し、「サンライズ」から派遣された木村清次郎、囲宏治らが「オリエント」の取締役に就任したことが認められる。したがつて、「サンライズ」からの右各人材派遣が同社の役員会の決定のもとになされたものであること、ひいて被控訴人が構想した「ゼネラル」及び「オリエント」との提携ないし企業グループ化について当時「サンライズ」が会社としてこれに協力する態勢をとつていたこと、はこれを肯定するに難くない。

しかしながら、被控訴人は法律上「サンライズ」の代表権を有しないばかりでなく、その機関として当然に業務の運営方針を決定し又はその執行に携わる地位をも有しなかつたものであるから、大株主として株主総会の決議を事実上その意思に従属させることが可能な立場にあり、そのことを通じて取締役会の意思決定に強大な影響力を行使し会社の業務運営を事実上支配し得る地位にあつたとしても、被控訴人の会社運営に関する意思決定がそのまゝ会社の意思決定でもあるといつた関係にはなかつたことが明らかである。とりわけ、右被控訴人本人の供述及び弁論の全趣旨に徴すると、被控訴人の構想した企業グループの形成はその後国内だけでなく海外にも及び、着々として成功をおさめて来たが、その実体は、商品取引等を営業の目的とする同種多数の既存又は新設企業の株式の多数を、被控訴人が自身又はその妻子等の名義で取得し、各企業にオーナーとして君臨して経営の実権を掌握し、これを自在に操縦し、その相互協力により最大限の営業効果を挙げさせ夫々の企業の生長発展をはかることにあつたことが窺われるから、「ゼネラル」や「オリエント」を含むかゝる企業グループの結成は、単なるその中の一企業である「サンライズ」の事業上の必要から生まれた経営方針でも意思決定でもなく、逆に「サンライズ」をそのように在らしめようとする、事業家であり株主である被控訴人個人の方針ないし意思であつたというべきである。従つて被控訴人が「ゼネラル」や「オリエント」をグループに加えるために行なつた事前調査やその方策として採つた人事その他の措置の効果の判定・調整等のための行動も、事の性質上、株主としての立場からするものであつたとみるのが相当である。

被控訴人が「サンライズ」の大株主たる地位から社内において社長・会長の上に君臨するオーナーとして事実上その経営に関与して来たことは前記のとおりであるけれども、それだからといつて、平常の会社運営についての指導援助に対し、又は委託された特定の事務の遂行に関して、適当な給与・報酬を受けるとか、会社の運営と関係のある事項について資料の提供や会社施設・設備の利用等人的・物的な便益の供与を受けるなど、その限度において役員と同様又はそれ以上の待遇を受けることは格別(法人税法二条一項一五号が会社法上の役員でない者にも一定の範囲で役員としての取扱をすることを規定しているのは、法人がこれらの者に右程度の待遇を与えることを税法の側面において是認する趣旨を出でないものと考えられる。)、性質上株主たる立場からする行動を、会社の業務遂行のための行動であるとして会社にその報酬や費用の弁償を求めることはできないものというべきである。そして、本件各出張に関して「サンライズ」から被控訴人に対し何らかの特定の事務に関し具体的に事務処理の委任がなされそのための出張が懇請された事実を肯定すべき資料はなく、却つて前記被控訴人本人の供述からも本件各出張は被控訴人自身の発意決定によるものであつたことを窺うに足りる。

それゆえ、「ゼネラル」又は「オリエント」との提携ないし企業グループ結成について、当時「サンライズ」が協力態勢にあつたという事情の故をもつてしても、いまだにわかに被控訴人の本件各出張のうち福岡出張の分が「サンライズ」の業務遂行としてなされたものとは認め難い。

かえつて、被控訴人の本件各出張のうち福岡出張の分が「サンライズ」の役員会の決定に基づく同社の業務遂行の目的でなされたものであつたとするならば、同社が前記の名古屋、東京各国税局から法人税の調査を受けた際に、根拠を示して右の事実を申告することは容易であつた筈であるに拘らず、同社代表取締役はこれをなさず、前記のとおり、被控訴人の本件各出張が同社の業務と関連がないものであることをたやすく認めて、被控訴人に支給ずみの本件各出張旅費を被控訴人に対する貸付金として回収する旨申告しているのであつて、そのことからすると、本件各出張中福岡出張の分は、性質上「サンライズ」の業務遂行としてなされたものではなかつたと認めるのが相当で、前示被控訴人本人、原審証人下山弥壽男、同矢島醇一の各供述はにわかに採用することができない。

また、被控訴人本人は、当審における本人尋問中において、本件旅費のうちの海外出張旅費について、海外の取引所で商品取引を行う出先機関を設置する準備のための海外出張のためのものであつて、「サンライズ」の業務上の出張である旨供述する。しかし、右海外出張についても事情はさきに判示した福岡出張と同様であつて、その旅行期間、旅行地等が一切明らかにされていないことにもかんがみ、右供述のみをもつてその海外出張が「サンライズ」の業務としてなされたことを肯定することはできない。次に、前顕乙第五号証の一ないし三、成立に争いのない甲第七〇号証、第七二号証、第一〇七、第一〇八号証によれば、本件旅費中には被控訴人が豊橋に出張した旅費として支給を受けた分も含まれていることが明らかであるところ、この分についても「サンライズ」代表取締役下山弥壽男が同社の業務と関係がないので被控訴人に対する貸付金として後日回収する旨を税務当局宛に申出ているものであることは前判示のとおりである。しかして、右の「サンライズ」代表取締役下山弥壽男の申出が事実に反する虚偽のものであつて被控訴人の本件豊橋への出張が同社の業務遂行のためなされたものと認めるに足りる資料はないから、本件出張旅費中豊橋出張分も同社の業務遂行のため支給された旅費にはあたらないものと認めざるをえない。

被控訴人は、更に、被控訴人名義をもつて昭和五二年六月二八日税務当局に提出された昭和五一年分所得についての修正申告が被控訴人不知の間に提出されたものであつて、被控訴人の意思に基づかない無効のものである旨主張する。なるほど、右修正申告書提出に至る経緯は前叙のとおりであつて、右申告は、松岡正一公認会計士事務所の事務員高木昌代によつてなされたものである。しかし、前記当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は昭和五一年分所得に関する確定申告手続を右公認会計士松岡正一に委託してこれを行わせていたことが明らかであるから、特段の事情のない以上、右確定申告について修正申告の手続をなすことも右委託の範囲に含まれるものと解するのが相当である。そうすると、同公認会計士事務所の事務員高木昌代は、右委託にかかる税務申告事務の処理として本件の被控訴人名義の修正申告手続をなしたものというべきであるから、右修正申告書の提出自体は、少くとも被控訴人の黙示の委任に基づいてなされたものというべく、したがつて、修正申告として有効なものというほかない。

八  被控訴人は、また、本件旅費を否認するとしても、被控訴人個人に対する貸付金とするのは妥当でなく、被控訴人がその用務で赴いた関連会社「ゼネラル」ないし「オリエント」に対する立替金として処理すべきものである、仮に右主張が容れられないとしても、被控訴人が現実に旅費支給を受けた昭和四六年及び昭和四七年の各所得として課税すべきものであると主張する。

しかしながら、本件旅費が当然に「ゼネラル」又は「オリエント」の負担となる関係にあることを肯定すべき証拠はなく、また申告納税制度をとつている以上、納税者の申告につき不正ないし過誤があるとしてこれを正すべき場合に当らない限り、申告にしたがつて課税が行われることは当然である。国税当局に対し「サンライズ」代表取締役から本件旅費につき被控訴人に対する貸付金として回収する旨の申出がなされた事実は前記のとおりであり、右申出が相当であることも前叙によつておのずから明らかであるから、右申出にしたがつて課税上の措置を講じた税務当局の処置に違法の点はない。したがつて、また、本件旅費について、前叙の事情のもとに、控訴人がこれを昭和四六年、昭和四七年の被控訴人の所得としなかつたのは相当であつて、この点についても違法はないというべきである。

九  被控訴人は、更に、本件旅費が「サンライズ」の被控訴人に対する貸付金と認定されるならば、被控訴人はこれを直ちに「サンライズ」に返済する意思を有し、返済する能力も有しているのであるから、所得として課税されるべきいわれはない旨主張する。

しかしながら、税務当局が本件旅費支給についてこれを被控訴人の昭和五一年分の所得と認定するに至つた経緯は、前叙のとおりであるから、本件旅費の支給者であり、これを被控訴人に対する貸付金として回収する旨税務当局に申告していた「サンライズ」において、もはやその貸付金債権を放棄した状態にあり、したがつて、同社が被控訴人に債務免除の利益を与えたものと判断し、これを賞与支給に相当するものと認定し、かつ、これを同社の昭和五〇年四月から昭和五一年三月までの事業年度期間中の年度末を支給日とする賞与に当ると認定した税務当局の判断は相当であつて、違法の点はない。前示のとおり被控訴人は賞与支給に相当する経済的利益を既に享受しているのであるから、これが課税対象たる所得となることを知らされてその返済を申出ても、それだけではすでに享受した利益が遡つて失われることにはならない。

一〇  次に、被控訴人は、「サンライズ」が本件旅費を被控訴人に対する貸付金勘定に振替えてその計上を継続していたのであるから、これについて「貸付金債権放棄ないし免除」を認定するためには、法人税法一三二条の「同族会社等の行為または計算否認」の規定による否認をなしたうえ、同法三四条二項、三五条四項によつて課税処分をなすべきものである旨主張する。

しかし、法人税法一三二条にいわゆる否認及び同法三四条、三五条による役員賞与等の損金不算入は、租税公平負担の見地から、法人が不当に法人税を回避軽減することを防止することを目的として設けられた法人税賦課についての法技術的制度であつて、「サンライズ」が旅費の名目で被控訴人に支払い、のちに貸金の形で資産に計上していた金員が被控訴人の所得となるか否かには関係がない。所得税の課税対象たる所得が被控訴人に生じたか否かは、所得税法の課税目的に照らして、合目的的に判断すべきものであつて、「サンライズ」について法人税法上の否認ないし損金不算入の対象となる行為・計算のあることを肯定しなければ被控訴人の所得を肯定し得ないものではない。したがつて、被控訴人の右主張は独自の見解に立脚するものであつて、採用し難い。

その他、被控訴人が、本件旅費についてこれを被控訴人の所得と認定することの違法を主張する点は、いずれも独自の見解に立つて本件(二)の処分の違法を論ずるものに過ぎず、到底採用し難い。

そうすると、本件修正申告は相当であつて、これにつき更正すべき理由がないとした本件(二)の処分には、これを取消すべき瑕疵は存しないものというほかない。

一一  本件修正申告についてこれを更正すべき事由の存するものとは認め難いことは前判示のとおりであるから、本件修正申告のなされたことを賦課要件としてなされた本件過少申告加算税の賦課処分(本件(一)の処分)には、これを取消すべき被控訴人主張の瑕疵は存しないものというべく、被控訴人の本件第二次的請求のうち右賦課処分の取消を求める部分も失当として棄却を免れない。

一二  以上のとおりであるから、本件(一)の処分及び本件(二)の処分についてそれぞれその取消を求める被控訴人の第二次的請求は失当として棄却すべきであり、これと趣旨を異にする原判決中の控訴人敗訴の部分は取消を免れず、本件控訴は理由がある。

よつて、原判決中控訴人敗訴の部分を取消し、被控訴人の第二次的請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 金澤英一 吉村俊一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例